書評の紹介

Shirley A. Hill著 "Inequality and African-American Health: How Disparities Create Sickness"(2016年)University of Chicago Press

AJS123(4)掲載


本書は、「人種化された社会システム」がいかにして人種間の健康格差をつくりだすか検討するものである。おおまかに3つのパートに分かれる。

本書は、「人種化された社会システム」がいかにして人種間の健康格差をつくりだすか検討するものである。3つのパートに分かれている。

1       歴史的文脈の検討。最初に、かつて生物学的カテゴリとみなされていた人種が、社会的に構築されたものであるとみなされるようになる社会科学理論の転回について触れる(第1章)。このようにして、かつて正当化されていた人種による排除や周縁化は非合法的なものとされたわけだが、人種間の健康格差は存続していると主張する。ついで(評者が好きだという)2章では、人種や人種化された社会システムについての学説史と、近代医学の歴史、そして米国の健康ケアシステムの発展の歴史を組み合わせていく。こうして、近代医学の実践や米国健康ケアシステムが形作られていく様相と、それが人種の抑圧に与していくことを記述していく。
2       医療社会学の既往研究が提示してきた複数の視座について、それぞれの妥当性を検討する。第3章ではアフリカ系アメリカ人の食や喫煙、薬物などの習慣に焦点を当てる。習慣は個々人の選択によってもたらされるのではなく、社会的文脈によってもたらされる。この章では、近隣効果が健康にかかわる習慣と健康それじたいに影響することをのべる。それゆえ「習慣を変える」というプロジェクトが困難であるだけでなく、効果も期待できないことをしめす。4章では、シンボリック相互作用論のフレイムワークと批判的構造アプローチ(Critical Structual approach)を組み合わせて、患者自身とそれを治療するひとがおこなう病気の解釈が、人種や人種差別によって影響されることを示す。

3       健康について考えるときには、医療ケアシステムよりも家族のほうがより重要な要因であるという議論をもとに、このパートでは人種化された諸政策が黒人家族にいかなる影響を与えているのかを検討する。人種化された社会システムによって形作られた家庭生活に注目をおこなうことによって健康の人種間格差を理解しようとする試みである。第6章では、特筆するべきことに、ジェンダー化された人種差別について触れている。これは愛やセクシュアリティ、家庭生活の構造的な不平等へと帰結する。

 評者いわく、いくつかの観点からみて、本書には新規性というものが存在しない。本書の論点は、違う形式を取りながらも人種差別が形成され、維持されることを論じた既往研究から引き出されてきたものであるし、筆者が20年前に発表した研究から、事例が引用され、説明にもちいられていたりする。もちろん本書のためにも調査を実施したようであるが、主要な主張とマッチしておらず裏付けに乏しい。また、批判点として、こうした構造的な抑圧のなかで周縁におかれた人々の、それに抵抗しようとしたエージェンシーについては、無関心であることなども挙げられる。

 本書のおおきな貢献は、以下の3点である。(筆者は無自覚であるが)健康に影響をあたえるところの社会的条件は、社会的不平等を反映しつつ、それを成長させるものであるということを明らかにしたこと、健康の人種間格差は、個々人の差別的な実践だけでなく、構造的、歴史的にすべての社会的制度に根付いた人種抑圧システムによってももたらされることを明らかにしたこと、(中心的な主張ではないが)こうした健康の不平等は、われわれすべての人にとって害があるということを示した点である。本書は、いつまでも解消されない健康の人種間格差について、社会学的な示唆をもたらした重要な研究である。

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